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【今さら聞けない】プロテオーム解析の基本から最新技術まで、全貌を解説

Researchers at Joint BioEnergy Institute
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  • 「プロテオーム解析って聞いたことあるけど、どういう手法なの?」
  • 「プロテオームとプロテオミクスって同じなの?」
  • 「プロテオーム解析って、なんだか難しそう」

そんなあなたのために、博士号を持ち、国内外で分子生物学の研究を続けてきた私が、プロテオーム解析の基本から2023年現在の最新技術までをわかりやすく解説します。

この記事では、次のことを解説しています。

この記事の要点
  • プロテオームとは、細胞のタンパク質全体のこと
  • プロテオミクスとは、プロテオームを理解することを目的とした学問
  • タンパク質をペプチドに分解して解析するのがボトムアッププロテオミクス、ペプチドに分解せずに天然状態で解析するのがトップダウンプロテオミクス
  • プロテオーム解析は、ボトムアッププロテオミクスのショットガン法がもっとも普及している
  • プロテオーム解析では、ほとんどの場合LC-MS/MSが使われる

この記事を読めば、プロテオーム解析の原理と基本的な実験手法がわかります。

プロテオームとプロテオミクスの違いとは?

「プロテオーム解析=プロテオミクス」として使われることが多いですが、これら2つの単語には若干のニュアンスの違いがあります。

プロテオーム(Proteome)」とは、細胞が持つタンパク質全体のことです。細胞が持つ遺伝子全体のことをゲノム(Genome)と呼ぶことにならって、そのように名付けられました。

プロテオーム解析」とは、細胞に含まれているプロテオーム(すべてのタンパク質)の構成と機能の全貌を網羅的に解析することを指します。

一方、「プロテオミクス」は、プロテオームの全貌を網羅的に理解することを目的とした学問のことを指します。

プロテオミクスにはボトムアップ型とトップダウン型がある

プロテオミクスには、タンパク質サンプルをタンパク質分解酵素(トリプリシンなど)でペプチド(アミノ酸がつながった状態)に消化し質量分析計で解析するボトムアップ型と、酵素消化せずに天然状態のタンパク質を質量分析計で解析するトップダウン型があります。

ボトムアッププロテオミクスは、現在もっとも普及している方法で、網羅性が高く、高感度にタンパク質を同定できます。そのため、この記事ではボトムアップ型をメインに解説しています。

トップダウンプロテオミクスは、天然状態のタンパク質をそのまま解析するため、ボトムアップ型では検出が困難な遺伝的変異や翻訳後修飾、選択的スプライシングの影響を受けたタンパク質を同定することが可能です。トップダウン型の解析には、高性能な質量分析計が必要なため、永らく普及してきませんでした。しかし、最近では質量分析計の性能が飛躍的に向上し、トップダウンプロテオミクスが急速に用いられ始めています。

プロテオミクスの基本原理と実験の流れ

ボトムアッププロテオミクスの基本原理と実験のおおまかな流れを解説します。実験のステップは、大きく分けて以下の4つです。

  1. タンパク質抽出
  2. タンパク質分解酵素による消化
  3. LC-MS/MSによる解析
  4. データ解析

これらを一つずつ解説していきます。

タンパク質抽出

目的の組織や細胞をタンパク質抽出液(Lysis buffer)中ですり潰し、タンパク質を抽出します。タンパク質抽出方法は、組織や細胞の種類によって異なります。

タンパク質分解酵素による消化

抽出したタンパク質溶液にタンパク質分解酵素(トリプシンなど)を加えて、ペプチドに断片化します。もしくは、二次元電気泳動でタンパク質を分離し、目的のタンパク質スポットから切り出したゲルをタンパク質分解酵素で処理し、ペプチドに断片化します。

LC-MS/MSによる解析

用意したペプチド混合物を、液体クロマトグラフィー(LC)とタンデム質量分析計(MS/MS)が連結した装置(液体クロマトグラフタンデム質量分析装置: LC-MS/MS)で解析します。

この装置では、まずLC部分でペプチドを成分ごとに分離します。次に、1つ目のMS部分でペプチド分子がイオン化され、検出される多数のシグナルのうち強度の強いものが親イオンとして自動的に選択されます。次に、イオンはアルゴンガスで満たされた衝突室(コリジョンセル)へ入り、衝突誘起解離を起こしてフラグメント化されます。最後に、フラグメント化されたイオンを2つ目のMS部分で検出し、MS/MSスペクトルを得ます。

データ解析

一度の分析で、数百から十万以上におよぶ大量のMS/MSスペクトルデータが得られます。スペクトルデータは、横軸が質量電荷比(m/z)、縦軸がシグナル強度です。

まずは、解析を行いやすくするため、得られたデータに閾値などのパラメーターを設定し、簡素化したリストへと変換します。次に、データベース検索を行います。ここで実験サンプルの生物種、使用したタンパク質分解酵素(トリプシンなど)の種類などを指定します。タンパク質分解酵素はアミノ酸配列特異的にタンパク質を分解するため、この指定によって候補となるペプチドの配列が絞り込まれ、理論的なMS/MSスペクトルが得られます。この理論上のMS/MSスペクトルと実測したMS/MSスペクトルデータを照合し、パターンの一致するペプチドの配列を探索してタンパク質を同定します。

目的別ボトムアッププロテオミクス手法4選

✓プロテオームの変化を網羅的に調べたい場合

自分の研究サンプルと対照群を比較して、どのタンパク質がどのくらい変化したのか網羅的に調べる場合や、研究サンプル中にどのようなタンパク質が含まれているのかわからない状態で調べる場合のプロテオーム解析のことをノンターゲットプロテオミクスと呼びます。ノンターゲットプロテオミクスでは、以下の2つの方法が用いられます。

二次元電気泳動法

二次元電気泳動法(2-DE: two-dimensional electrophoresis)は、プロテオーム解析の原点とも言える手法です。この手法は、抽出したタンパク質サンプルを二次元電気泳動で分離してから質量分析するのが特徴です。

二次元電気泳動は、まず一次元目に等電点電気泳動によってタンパク質を等電点の違い(荷電の差)ごとに分けます。そして、二次元目にSDS-PAGEによってタンパク質を分子量の違いごとに分離します。

次に銀染色やクマシーブリリアントブルー(CBB)染色でゲルを染色し、タンパク質のスポットを可視化します。その後、興味深い挙動を示すタンパク質スポットをゲルから切り出し、タンパク質分解酵素(トリプシンなど)でペプチドに断片化してLC-MS/MSで解析します。

二次元電気泳動法では、対照群サンプルを分離したゲルと実験群サンプルを分離したゲルを比較して、実験群で興味深い挙動を示すタンパク質スポットを見つける必要があります。しかし、ゲル間の泳動のばらつきが原因で、実験の再現性や定量性が低くなるという欠点がありました。

そこで開発されたのが、蛍光ディファレンシャル二次元電気泳動法(2D-DIGE: fluorescence two-dimensional difference gel electrophoresis)です。

2D-DIGEは、タンパク質サンプルをあらかじめ蛍光色素で標識してから二次元電気泳動で分離する手法です。内部標準となるタンパク質サンプルと実験サンプルを、異なる蛍光色素で標識し、それらを混合して一枚のゲルで電気泳動を行います。各実験サンプルに同じ内部標準サンプルを混合するため、ゲル間で比較する際に内部標準サンプルのシグナルで補正することができ、ゲルや泳動によるばらつきを解消することができます。または、対照群のサンプルと実験群のサンプルをそれぞれ異なる蛍光色素で標識し、一枚のゲルで電気泳動して比較するという方法も行われます。現在のプロテオーム解析において、二次元電気泳動法を用いる際には2D-DIGEが用いられます。

  • 対照サンプルと実験サンプルの違いが一目瞭然でわかる
  • 再現性が高い
  • 網羅性が低い
  • 実験に時間と手間がかかる
  • 発現量が低いタンパク質や不溶性タンパク質は検出が困難

ショットガン法

プロテオーム解析で最もよく使われるのが、このショットガン法(ショットガンプロテオミクス)です。この手法では、タンパク質抽出物をタンパク質分解酵素(トリプシンなど)でペプチドに断片化して、LC-MS/MSで解析します。DNAを制限酵素で断片化してから塩基配列を決定する手法であるショットガンシークエンシング法にならって、この名前がつけられています。

従来、ショットガン法は定量性の低さが欠点とされていましたが、近年では以下のような定量方法が開発されており、定量的な解析が可能となっています。

スペクトルカウント法:対照群と実験群それぞれで同定されたペプチドの数を単純比較する方法です。サンプル中に存在するペプチドの数が、タンパク質の存在量におおむね依存することを利用して定量します。

標識フリー定量法:個々のペプチドイオンのシグナルからクロマトグラム(クロマトグラフから得られた結果)を得ることによって、ペプチドの存在量を概算する手法です。クロマトグラムの信号値(強度、吸光度、カウント)を濃度(量)に変換することで、タンパク質の存在量を定量できます。

in vivo標識法:培養細胞などに安定同位体で標識された物質を取り込ませることで代謝的にタンパク質を標識し、安定同位体を検出することでタンパク質を定量する手法です。安定同位体で標識したアミノ酸を用いる方法であるSILAC(stable isotope labeling with amino acid in cell culture)法が最もよく使われています。

in vitro標識法:臨床検体など、代謝的に安定同位体を取り込ませることができない場合、安定同位体を含む試薬を用いてタンパク質やペプチドを標識する手法です。

  • 網羅性が高い
  • 比較的高感度
  • 多数のMS/MSスペクトルが検出されるため、質量分析とデータ解析に時間がかかる
  • 定量性、再現性がやや低い

✓自分が調べたい標的タンパク質が決まっている場合

網羅的な解析とは異なり自分が調べたいタンパク質が決まっている場合や、特定のシグナル経路などに注目して調べたい場合のプロテオーム解析のことをターゲットプロテオミクスと呼びます。

多重反応モニタリング法

ターゲットプロテオミクスで最もよく用いられるのが、多重反応モニタリング(MRM: multiple reaction monitoring)法です。実験の流れはショットガン法と同じですが、この手法では、液体クロマトグラフタンデム質量分析装置(LC-MS/MS)のひとつであるトリプル四重極型質量分析計(QTRAP 6500+など)を用いて解析を行います。

ショットガン法では、LCでペプチドを分離した後、1つ目のMSで強度の高い全てのイオンを親イオンとして選択するのに対し、MRM法では特定の質量を持つものだけを選択して通過させます。そのため、特定のペプチドを特異的に検出かつ定量することができ、サンプル中における標的タンパク質の存在量を調べることが可能です。

  • 定量性、再現性が高い
  • 非常に高感度
  • 網羅性が低い
  • 目的のペプチドが検出可能かどうか事前に準備が必要

✓1細胞レベルでプロテオーム解析を行いたい場合

1細胞レベルのプロテオームを調べることで、その細胞で実際に機能しているシグナル経路、細胞の運命決定、薬剤耐性など様々なことがわかります。特に、先行して研究が行われているシングルセルRNA-seqデータと組み合わせることで、「細胞内で現実に起きていること」の情報を網羅的に取得することが可能です。まだ発展途上の技術ではありますが、がん研究、再生医療の分野を中心に大きな関心を集めています。

シングルセルプロテオミクス

1細胞レベルでプロテオーム解析を行うことをシングルセルプロテオミクスと呼びます。実験の流れはショットガンプロテオミクスと同様で、細胞からタンパク質を抽出後、タンパク質分解酵素でペプチドに断片化し、LC-MS/MSを用いて解析します。最近、LC-MS/MSの性能が飛躍的に向上したことでシングルセルプロテオミクスが可能になりました。

シングルセルプロテオミクスにおいて、最も重要なのがサンプル調製だと考えられています。この手法を成功させるためには、1細胞から得られる超微量のタンパク質をできる限り損失することなく前処理する必要があります。

サンプル調製を含めたシングルセルプロテオミクスの手法として、以下の3つが現在用いられています。

nanoPOTS(nanodroplet processing in one pot for trace samples): この方法は、専用のマイクロウェルプレート上に形成した200nL(1mLの5,000分の1)の液滴内でサンプルを前処理するという手法です。このプレート上でタンパク質をペプチドに断片化した後、ナノフロー液体クロマトグラフタンデム質量分析装置(nano-LC-MS/MS)を用いて解析します。超微量の液滴内でサンプル処理を行うことで、タンパク質やペプチドの損失を抑えられることが期待できます。

SCoPE-MS(single cell ProtEomics by mass spectrometry): この方法は、目的の1細胞から得られたペプチドと数百細胞から得られたキャリアーペプチド、さらに内部標準ペプチドをそれぞれ安定同位体標識試薬であるTandem Mass Tag(TMT)試薬を用いて標識して混合し、擬似的にサンプル量を増幅させるという手法です。キャリアーペプチドと混合することで、1細胞由来のペプチドの損失を減らす効果が期待できます。LC-MS/MSを用いて、標識されたペプチドを検出、定量します。

SOP-MS(surfactant-assisted one-pot sample preparation coupled with mass spectrometry): この方法は、1細胞の回収から質量分析までの全工程を同じ容器(PCRチューブなど)内で行うという手法です。サンプルの移送工程を全て排除したことで、タンパク質やペプチドの損失を最小限に抑えることが可能です。また、質量分析用に最適化された界面活性剤を用いることで、容器内へのタンパク質の吸着を抑えつつ、サンプルの前処理を簡略化しています。調製されたサンプルは、同じ容器のままLC-MS/MSで解析します。

  • 特定の1細胞レベルで網羅的な情報が得られる
  • 解析技術が発展途上である
  • サンプルの前処理が困難

まとめ

この記事では、プロテオーム解析の基本から最新技術まで幅広く解説しました。

この記事の要点
  • プロテオームとは、細胞のタンパク質全体のこと
  • プロテオミクスとは、プロテオームを理解することを目的とした学問
  • タンパク質をペプチドに分解して解析するのがボトムアッププロテオミクス、ペプチドに分解せずに天然状態で解析するのがトップダウンプロテオミクス
  • プロテオーム解析は、ボトムアッププロテオミクスのショットガン法がもっとも普及している
  • プロテオーム解析では、ほとんどの場合LC-MS/MSが使われる

タンパク質を検出・定量する他の方法については、下記記事にて紹介しています。

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mirage
発生生物学で博士号を取得。学位取得後、アメリカの研究所、国内の研究所を経て、大学にて勤務。専門は老化研究。
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